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1980年代、新人類と呼ばれる若者たちがいました。新人類は、その社会の組織に入ることを無意味に思っていたり、積極的に社会を否定することを堂々とやっていました。変わっていること我が道を行くことを大切にし「よくわからない若者」などと言われていたことを覚えています。フリーターという積極的にアルバイトを選択する働き方・生き方をする若者が出現したのもこの時代でした。何を隠そう、私もその新人類の一人でしたが、今は変わっているねと言われることからも遠ざかり、ごくごく一般的な中年になりました。最近の若者を見たときにはかつての中高年がそうであったように「最近の若者はちがうなあ」と考えさせられます。その辺りを少しお話したいと思います。

新人類は「金が欲しい」「○○をどうしても手に入れたい」「一番になりたい」など、直線的な欲求を持っていたと思いますが、今の若者たちは成熟した社会で育ったためかその類の欲は無いように見えます。先日の斎藤環先生の講演会でも「ひきこもりの求めていることは承認欲求である」と明言されておられ全くその通りに感じています。若者全般を通して、欲求は高次のものになっているのでしょう。サポステを利用している若者、社会で元気に働いている若者には「目立とうとしない」「他者との対立を避ける(協調的というのでしょうか)」「優しい」「繊細」「表面に出さない芯の強さ」等が共通しているように思います。では社会で働ける若者と、一歩を踏み出せない若者の違いは何なのでしょう。

サポステを利用している若者たちは「どこかに所属すること」も強く求めています。既にどこかに自分を所属させることができる若者より不安を持っています。サポステの若者の多くは、過去の集団に馴染めなかった体験などにより自身のプライドが傷つき自信をなくし、自責の念に駆られ、周囲の理解も得られない・求められないと決め、人と関わって傷つくことを避け、ひっそりと自分の世界に身を置きながらも罪悪感・焦燥感に駆られ不安の中で過ごし、社会へつながるための砦としてサポステに来所してきました。居場所ではないけれど止まり木のような感じでしょうか。彼らはサポステで相談や集団再体験を通し、理解者や仲間を得て、所属できるどこかへ向かって歩み始めました。

働いている若者たちにも悩みはあり、面白くないことだってあります。何か問題があったとき、その場から逃げないで現実的に物事を見て対応できるかどうかが働けるかどうかにつながっています。苦手な場面を想像するだけで固まってしまう人もいます。回避癖のついてしまった人はなかなか苦手な場面に向き合えず就労に向かうには時間がかかります。ここはCBTを学んでいらっしゃる皆様のお力をお借りしたいところですね。

人が育つには、人の力が必要です。人の間で傷ついたことは人との関係でしか修復できません。若者たちは、いろんな人の価値観に触れるチャンスが必要です。子供の頃から地域活動や学校・集団活動を通して家族以外の大人と接してきた人は、たくさんの大人の本気に出会っています。叱られたり褒められたりしながら我慢することや感謝の気持ちが育ちます。本気で若者たちと向き合うこと、それが彼らより先に生まれた私たちの努めだと思っています。

(H25.7.19 .かしわ地域若者サポ-トステ-ション総括コーディネーター  森 尚美)

 
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